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大阪高等裁判所 昭和26年(う)208号 判決 1952年1月31日

控訴人 被告人 松坂彌

弁護人 岡田善一

検察官 舟田誠一郎関与

主文

原判決を破棄する。

本件を和歌山地方裁判所に差し戻す。

理由

弁護人岡田善一の控訴趣意第一点について。

原判決において、被告人が居村田殿村農業協同組合理事長として本谷杢三郎に対し夏柑買付資金として金七百二十万円を貸付けたことをもつて、農業協同組合法第九十九条にいわゆる組合事業範囲外の貸付をしたものと認定したことは所論のとおりである。

ところで、同法第十条第一項第一号及び田殿村農業協同組合定款第十九条第一号によると、組合事業の一として組合員の事業または生活に必要な資金の貸付とあつて、資金貸付を必要とする事業の種類について農業用等の制限を設けていないのみならず、同法第十二条第一項前記定款第七条によれば、組合員中には農民の外組合地区内に住所を有し組合の施設を利用することを相当とする者を包含しており、従つて組合員に対する貸付は農業用資金でないこともあり得るから、いやしくも農民の協同組織の発達を促進し農業生産力の増進と農民の経済的社会的地位の向上を図り国民経済の発展を期するという同法第一条の目的に背馳しないかぎりたとえ資金貸付を必要とする事業の種類が農業でないとしても、それだけでは同法第九十九条にいわゆる組合事業範囲外の貸付とは断じ得ない筋合である。

しかるに、原判決は、被告人が右組合理事長として密柑仲買業を営む本谷杢三郎に対し夏柑買付資金として組合預金中から貸付けたというのであるところ、原判決援用の証拠である司法警察員に対する本谷杢三郎の第一回供述調書及び原審証人辻本治平の証言によると、右本谷は同組合の組合員であり、同村附近は密柑の生産地であることが窺われ、ひいて本谷の買付ける密柑が同組合員生産にかかるものであることも考えられるから、組合員たる本谷に対するこのような生業資金の貸付は前記法律第一条所定の目的からみて必ずしもこれに背馳しないようにも思われるし、もしそうであれば特別事情のないかぎり右貸付はむしろ組合事業の範囲内といえるわけであり、従つて事情により背任罪になる場合があるのは格別、同法第九十九条には該当しないものというべく、ひいて原判決が首肯し得る理由を示すことなくして右範囲内なることを否定したのは違法であつて論旨は結局においてその理由がある。

よつて爾余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十八条第四号第四百条本文に則り主文のとおり判決をする。

(裁判長判事 荻野益三郎 判事 梶田幸治 判事 井関照夫)

弁護人岡田善一の控訴趣意

第一点原審判決は法令の適用を誤つたものと考えます。

原審判決摘示の理由によりますれば原審裁判所は「被告は和歌山県有田郡田殿村農業協同組合理事長として同組合の事業全体を総括処理していたものであるが同組合専務理事田口愼勇と共謀の上昭和二十四年二月下旬頃より同年五月下旬頃迄の間右農業協同組合内に於いて同村大字田口密柑仲買業本谷杢三郎と夏柑買付資金継続的供給協定を結んだ上同人に対し右資金として右農業協同組合の受入組合員預金より一回に二十万円乃至百万円宛合計二十余回に亘り総計七百二十万円を貸付けた」との事実を認定の上右被告の所為を以つて農業協同組合法第九十九条第一項に所謂組合の事業の範囲外の貸付けと解し同条を適用して有罪の言渡しをされて居ります。

然しながら右組合預金の借受人であります本谷杢三郎が前記田殿村農業協同組合の組合員でありますことは本件訴訟記録により明かであり、而して組合員の事業又は生活に必要な資金の貸付けが右農業協同組合の事業の一に属しますことも亦農業協同組合法第十条第一項第一号及び田殿村農業協同組合定款第十九条第一号の規定により明瞭であると存じます。

原審裁判所に於いては或は右本谷杢三郎が農業の傍ら密柑仲買業を営み被告が右本谷の夏柑買付資金として同人に対し組合員預金を貸付けたとの事実に着目して右貸付けが組合の事業の範囲外なりと認定せられたのではないかとも思料致しますが前記農業協同組合法第十条第一項第一号及び田殿村農業協同組合定款第十九条第一号によりますれば組合の行う事業として単に組合員の事業又は生活に必要な資金の貸付と規定するに止まり其の資金の貸付けを必要とする事業の種類について何等制限を設けて居りませぬのみならず事実組合員中には農民の外当該農業協同組合の地域内に居住し組合の施設を利用する者をも包含している事実(農業協同組合法第十二条第一項、田殿村農業協同組合定款第七条参照)を綜合考かく致しますれば其の貸付けの対象となりました事業の種類如何に拘らず苟もそれが組合員の事業であります限り其の貸付けは農業協同組合の事業の一に属するものと解すべきであると存じます。

果して然りと致しますれば本件被告の所為は田殿村農業協同組合の事業の範囲内に属しますに拘らず原審裁判所に於いて之れを以つて組合の事業の範囲外なりと速断し農業協同組合法第九十九条を適用処断せられましたのは明に法令の解釈適用を誤つたもので原審判決は其の点に於いて破棄を免れないと存じます。

第二点仮りに第一点の主張が理由なしと致しましても原審判決は刑の量定が不当であると考えます。

被告が本谷杢三郎に対し本件田殿村農業協同組合の組合員預金を貸付けました事情につきましては訴訟記録によつて明であります如く被告が同組合の理事長として組合員のため其の生産する夏柑の出荷に必要な貨車の実績を確保せんとして焦慮致しました結果の違反でありまして其の間些かも私慾を図つた事実が見当りませぬのみならず貸付金の回収方法につきましても組合に於いて右本谷の出荷先より直接支払いを受け得るよう措置致して居りましたため組合に対し損害を蒙らしむるが如きことは毫も予測しなかつたのでありますが本谷に於いて組合を欺罔し自ら出荷先より代金を回収致しました結果図らずも組合に対し相当額の損害を蒙らしめるに至つたものでありまして其の犯情に於いて十分に酌量を賜るべき余地ありと存じます。殊に組合に対しましては同組合専務理事田口愼勇に於いても一半の責任を負うべきであると思料せられますに拘らず敢て同人の責任を追及せず自ら其の責を痛感し現金にて一部弁償致しますと共に残額の補填につきましても約百二、三十万円相当の被告の不動産を挙げて組合に提供しているのでありまして(原審証人星田茂の供述参照)組合に於いて該不動産を処分致しますれば本件による損害は優に弁償されることと相成るのであります。被告は本件を惹起致しました結果既に田殿村農業協同組合理事長を引責辞職致して居ります。而して被告の知友に於いて被告の身上を憂慮するの余り最近和歌山県農事試験場長の職に推薦せんとして居り被告又之れを熱望致して居りますが被告にして仮令刑を猶予せられましても体刑に処せられます以上此の知友の折角の配慮も遂に水泡に帰しますと共に被告の希望も挫折する次第でありまして被告のため誠に同情に堪えぬものがあります。

以上申述べました情状に鑑みますれば被告の本件所為に対し罰金刑を相当とすべく原審裁判所の科刑は聊か重きに失すると思料致します。何卒右事情御明察の上原審判決を破棄し軽き罰金刑を以つて御処断あらんことを切望致します。

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